内モンゴルとの絆

 
内モンゴルと日本の橋渡し役
 
内モンゴルと日本の橋渡し役
内モンゴルから日本に留学に来た経験がある方に、「私たちは内モンゴル出身の金鋒博士と懇意にしています」と話すと、「金鋒博士は知っています。彼のお父さんには、とてもお世話になりました」という答えが返ってくることがよくありました。
金鋒博士のお父さんは、新聞記者として日本に滞在した経験もあり、内モンゴルの若い人材を日本で学んでもらうために尽力した方なのです。
留学というとお金がかかります。裕福な家庭の子弟でなければ、留学どころか、学校に通うことすらできません。
裕福であるか否かではなく、熱意ある将来有望な若者に、日本の恵まれた環境で学んでもらいたい。そして、帰ってきて、内モンゴルを発展させてもらいたい。その思いから、多くの若者を日本に送り出してきました。
金鋒博士のお父さんは、内モンゴルと日本の橋渡し役を担っていたのです。
そして金鋒博士自身も、日本に来る際、よく、若い研究生を同行しています。
「若い人たちに日本で見聞を広めてもらいたいから連れてきました」と、お話ししていました。