内モンゴルとの絆

 
モンゴルの文字について調べてみました
 
モンゴルの文字について調べてみました
内モンゴルに行くと、お店の看板や標識など、漢字とモンゴル文字が併記されているのをよく目にします。しかし、かつてモンゴルの人たちは文字を使っていませんでした。
チンギス・カンの生涯を描いた北方謙三さんの小説「チンギス紀」を読んでいても、他の部族の長に意見する際、使者は、書簡ではなく、伝えるべき言葉を諳じることができる人、語り部のような人にメッセージを覚えさせ同行する場面があります。おそらくモンゴルの人たちは、文字で伝えたり、記録を残す必要がなかったのでしょう。
調べてみるとモンゴル文字は、チンギス・カンの時代にウイグル文字を使いはじめ、16世紀後半、モンゴル文字の字形や綴りが統一されていったようです。
内モンゴルでは現在もモンゴル文字を利用していますが、モンゴル国では、モンゴル人民共和国時代、ソビエト連邦の影響でキリル文字を使用し始め、1994年以降になってモンゴル文字が義務教育化され書道やクラフトワークなどに活用されるようになりました。
また中国では、明の時代、モンゴル文字を基にして満洲文字を作ったとのこと。
紫禁城などに行くと建物の名前などに漢字と満洲文字が併記されていて、私たちのようにまったく読むことができない外国人にとっては、なんでここにモンゴルの文字が使われているのか、と思ってしまうことがありますが、これは満洲の文字のようです。
地球の大陸の実に2割以上にまで広がったモンゴル帝国、その祖、チンギス・カンの功績は、こんなところにもありました。