内モンゴルとの絆

 
日本と深い友好関係を
 
日本と深い友好関係を
金鋒博士のお父さまは、数年前、お亡くなりになってしまいましたが、日本に留学した経験もあり、内モンゴルの新聞社に勤務、日本のことを中国に紹介するために日本に滞在されていたこともありました。
その関係で、金鋒博士の幼少期、中国の文化大革命の時代には、日本のスパイだという嫌疑をかけられ、金鋒博士ご一家は、ひどい環境で労働に従事した時期もあったそうです。
しかしその後、金鋒博士のお父さまは、日本と中国の深い友好関係を作りたいと考え、内モンゴルの学生が日本に留学する手助けをされていました。それも裕福な家庭の子弟ではなく、勉学に熱心で経済的に恵まれない学生を支援していました。
「中国には伝統的なものがなくなりつつあります。しかし日本にはまだ伝統的なものが残っています。昔の中国を知ることにもつながります。そういう意味でも日本と中国は理解を深め合って、いい交流をすべきだと思っています」
金鋒博士と日本との関係はお父さまの時代から受け継がれた深いものでした。